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商 号
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白崎建設株式会社 |
| 創
業 |
明治18年 6月 |
| 法
人 設 立 |
昭和25年10月18日 |
| 資 本 金 |
50,000,000円 |
| 建設業許可 |
平成13年11月14日 北海道知事許可 釧第38号 |
| 許
可 業 種 |
土木一式、建築一式、大工、とび・土工・コンクリート、舗装、しゅんせつ、造園、管、水道施設 |
| 事
業 目 的 |
土木建築請負事業及びこれに附帯する一切の業務 |
| 本社所在地 |
釧路市城山1丁目10番5号 |
| 札幌出張所 |
札幌市中央区北5条西6丁目1-23 道通ビル3F |
| 帯広出張所 |
帯広市東6条南11丁目 |
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白崎建設株式会社の創業は、明治18年
6月 白崎次郎松が大工請負業を営んだのが始まりで、大正
5年 6月 先代の後を承け、白崎正治が官公庁主体の土木建設請負業に進出するため白崎組を設立し、戦時下の統制経済の中で幾多の困難を克服し社業の発展に努めた。
昭和25年10月 戦後の経済復興に貢献すべく、資本金1,800,000円で白崎建設株式会社を設立し、機械化による合理化と技術力の向上に努め、数多くの道路、橋梁工事に携わり釧根地域建設業界の中核企業として活躍している。
その後、昭和22年 4月から白崎正治の元で業務に取り組んでいた白崎功一が昭和45年 5月 社長に就任 近年では釧路市発展の大プロジェクトである釧路西港の港湾建設、釧路空港の滑走路延長及び計器着陸装置の性能向上を図る ISLカテゴリー�VAの運用開始に伴う空港建設、そして近傍の数多くの漁港建設にも携わると伴に、平成
5年 1月15日発生の釧路沖地震(震度6、M7.8)及び平成 6年10月 4日発生の北海道東方沖地震(震度6、M8.1)における釧路川や釧路港、霧多布港の災害復旧工事においても新技術、新工法を駆使し復旧にあたるなど、これらを見事完遂して地元企業としての大きな役割を果たした。
更に白崎功一は社長として業務に専念する一方 昭和55年11月から平成10年10月まで釧路商工会議所の建設部会長として手腕を発揮し、昭和63年から平成
5年までの間 釧路建設業協会の会長として業界の発展向上に尽力した。
平成11年 6月には、白崎功一より 白崎義章へと社業が引き継がれ、「技術と信用で地域に貢献する」を社是として人材育成による ISO9002の品質システムを認証取得し、21世紀の建設業界で信用を得ることを目標に取り組んでいる。 |
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